eコマースの未来の姿を考えており、よくディスカッションする機会が重なったので、現時点での考えをまとめておく。
ネットスーパーという特殊なeコマース
ネットスーパーはeコマースの一種であるが、かなり特殊な特性を持っている。
たとえば配達枠とキャパシティという概念。一度に30点もの商品を買い物するためのUX。受注後の温度帯に応じたオペレーション。
こうした差分は文字にすると単純に見えるかもしれない。しかしシステムの設計レベルでは、他のeコマースとの間に大きな隔たりがある。
商品を1点カートに入れて決済するECと、30品目を温度帯別に仕分けて2時間枠で届けるECは、全く別物だ。
それゆえに、専用の基幹プラットフォームが必要とされている。私たちが取り組んでいるStalier事業の存在意義はここにある。
Shopifyがネットスーパーに構造的にフィットしない理由
汎用ECプラットフォームの代表格であるShopifyは、驚くほど多用なeコマースを実現できる優れたプロダクトであり、エコシステムである。
しかしネットスーパーを実現しようとすると、話が変わる。
配達枠の管理、人員に応じたキャパシティの制御、温度帯別のオペレーション連携...etc
挙げればキリがないが、これらは汎用プラットフォームの拡張では吸収しきれない構造差であり、仮にできたとしても、かなりの煩雑さを受け入れる必要がある。
Shopifyがネットスーパーに構造的にフィットしにくい理由がこれだ。
「統合したい」という顧客の声
弊社が開発・運営する「Stailer ネットスーパー」には絶えず顧客から要望が届く。
その中に、通常のECや、予約EC、レンタルECなどとの統合を求める声がある。「顧客窓口を一本化することで、利便性を高め、LTVを上げる」という戦略から見ると、これは真っ当な要求にも思える。ただし、ある一点を除いて。
特性の異なるシステム統合の代償
特性の異なるシステムを統合し、ソースコードが肥大化すると、煩雑性は指数で増える。
以前「技術的負債」について書いたが、負債の利息として認知負荷がつき、認知負荷が増えるほど開発速度は指数関数的に低下する。
システム統合、大規模化はまさにこの構造を招く行為になる。
開発やメンテナンスのコストが急騰し、結果としてどのサービスの品質も中途半端になる。
これが簡単にはyesと言えない理由になっている。
AIが変えるお買い物の入り口
しかし最近では別の観点もある。AIが普及した後のeコマースの未来だ。
すでに会話型LLMがアグリゲーターとなり、検索活動を置き換えつつある。
チャット型LLMで調べ物をする体験は、もはや検索活動を代替するばかりかそれを超えた体験として十分に成立している。
同じことが、「お買い物体験の入り口」にも起きると思う。検索よりもハードルは高い。決済や個人情報の委譲、在庫とのリアルタイム連携が求められるからだ。しかし、すでにAIエージェントがAPIを通じて外部サービスを操作する基盤は整いつつある。技術的な障壁は急速に下がっている。
AIが代行する購買の最適化
ユーザーから調達の指示を受けたAIが、多数のサイトを比較調査し、最も賢い購買を代行する未来。
たとえば「ケースの水と、明日の夕飯の材料を買っておいて」と命じられたとき、AIは「まとめて買えるから同じ場所で買う」という行動を必ずしも選択しないだろう。
最短、低コスト、快適な配達時間となる組み合わせ問題を解き、水はサイトA、食品はサイトBとCで買う、というアグリゲーションを行うのではないか。
この未来では、ユーザーインターフェースや、システムの統合がほとんど意味を持たなくなる。
ユーザーの目の前にあるのは1つのチャットウィンドウでしかなく、その裏側で複数のサービスが最適に組み合わされるからだ。
AIアグリゲーション時代の「良いサービス」
こうした未来が訪れたとき、良いサービスの状態とは何か。
それは「良い商売を、シンプルに実現する」状態だと思う。
eコマースで言えば、良い商品を、安く、早く届けるサービス。商売の本質を磨き切ることだ。
そしてその土台であるシステムは、シンプルで、AIが情報を取得しやすい設計を持ち、パフォーマンスの良いものとなる。
APIやCLIが整備され、レイテンシの良いバックエンドに価値が宿る。
加えて、サービスの単位は必要最小限で独立しているはずだ。前述のようなバックエンドを運営し続けるためには、技術的負債の発生を最小限に抑える必要があり、必然的にそうなる。
それこそ複雑性が抑えられ、開発者もメンテナンスしやすいシステムとなる。
AIフレンドリーは、Developerフレンドリーとも言える。
複雑性を抑えることの価値
PayPayなどのスーパーアプリは、あらゆる機能を1つのUIに統合するアプローチをとっている。現在はUIそのものがユーザーの囲い込み装置として機能している。
しかしAIがユーザーとの接点を担うようになると、このUIのロックイン効果は薄れる。ユーザーが触れるのはAIのインターフェースであり、その裏側でどのサービスが使われているかは、AIが最適に選択するからだ。
AIアグリゲーション時代に価値を持つのは、スーパーアプリの対極にある姿だ。シンプルで独立した、APIファーストなバックエンドサービス。裏側のサービスは1つ1つが小さく、速く、正確であることが求められる。
UIの華やかさではなく、バックエンドの堅実さに価値が宿る時代が来るのではないかと思う。
「統合にyesと言えない」理由は、煩雑性の増大を避けたいという技術的な判断だった。しかしAI時代のサービス像を考えると、この判断は「AIに選ばれる」という事業戦略そのものになるかもしれない。
AIエージェントがサービスを選ぶとき、評価軸になるのはAPIの整備度、レスポンスの速さ、情報の機械可読性といった要素だ。
複雑性を抑え、1つのことを正しくやりきり、AIに優しいシステム。Stailerが目指すべき姿も、ここにあると考えている。